9/24 ■カニ カニが届いた。父親の友人からだった。 カニなんてものがウチの食卓に並ぶことなんて滅多になく、それはもう高級品として崇めてましたから、年に一度食べれるかどうかのそのカニを僕は毎年楽しみ にしてました。 それは自分がまだ幼稚園に通ってた時、お正月を実家で過ごす事になって家族全員で実家に行ったんですよ。実は、『お正月は実家で過ごす』というのがウチの 家のルールだったので、毎年大晦日の日になると実家に行ってました。そりゃもう楽しみですよ。 「あら、大きくなったわねぇ。ハイ、これお年玉」 「おぉ!大きくなったなぁ!んじゃ・・・はい!お年玉」 『大きくなった』の言葉、『お年玉』という自分にとっては最大のイベントでしたからそりゃあもう毎年楽しみ楽しみ。でも、本当の楽しみは実家の近くに住む 同じ年の女の子に会うことでした。 「あ、今年も来たわ!ひさしぶり!」 とフランダースの犬のアロワに似たその口調と、可愛らしいその顔、そして何より、人なつっこくて愛嬌のあるその子に僕は幼く淡い恋心を抱いてました。毎 年、31、1、2の日を実家で過ごすので、この3日間は僕にとって毎年楽しかったんです。 そしてその年もいつものように実家に行き、ご近所さんに挨拶をして、恋する彼女に会いに行きました。まだお互いに幼かったですから、お互いに手を繋いで公 園に遊びに行ったり、トランプをしたり、同じ布団で一緒に寝たりしました。 31日は二人で思いっきり遊びました。 1日、新しい年の始まりという事で、毎年ご近所さんを集めて実家で飲み会をするのも決まりでしたので、当然僕も、その女の子も参加したんです。豪華なおせ ち料理が大量に数台のテーブルに並べられていて、大人もワイワイと騒ぐわけですよ。全員酔い状態。そしたら、坊主頭に紫色のハチマチを巻いた知り合いの オッサンが何をトチ狂ったのかいきなり 「おうおうおう!!今年はカニ祭だ!」 とか叫びだして、生きたかなり大きいカニを抱えながら踊り始めたんですよ。初めは僕も楽しんでいたんですが、急にオッサンが「ほら!」とか言って持ってい たカニを床に下ろしたんですよ。そしたらカニが元気に僕の方に向かってきやがるんですよ。そりゃもう当時としては戦慄ですよ、自分よりちょっと小さいカニ がゆっくりと進みながらこっちに向かってくるわけですから。 当然僕は逃げるわけなんですけど、大人達が邪魔で上手く前に進めないんですよ。「ガハハハ!!!」とかオッサン達が笑いだす始末。いやね・・・助けろよ! とか思ったんですけど、そんなのどうでもいい、今は逃げるべきだ!と僕は思ったのでしょう、大人達を上手くかき分けて逃げてたんですよ。 全力疾走で40畳はある部屋のテーブルの周りをグルグル逃げてたんですよ。さすがに「振り切った」とか思って後ろを見たらそこにカニはいなくて、「良かっ た」とか思ってたら自分の前に何故かカニがいたんです。完全に巻いたと思っていたら前にいるもんですからそりゃあもうビックリですよ。後から考えれば、僕 はカニより速すぎたために追われていたのに追いついてしまったという訳の分からない状態になったんです。 それでパニックになりまして、もと来た道をダッシュしてたんですけど、目の前にあの女の子がいたんです。でも、カニに追われている事が凄く怖かったので、 逃げる為に思わず女の子を突き飛ばしてしまったんです。 そしたら女の子は泣き出してしまい、僕も便乗で泣きだしてしまい、大人達はそれを見て大笑いをする始末。僕は女の子に申し訳ない事をしたと思い謝ろうと 思ったんですが、素直になれず 「××ちゃんがそこにいるのが悪いんだ!」 と言ってしまいまして、女の子もそれで余計にシュンとなり、二人の間に壁が出来てしまい、カニも嫌いになり、それ以来実家に行くことを拒否をし続け、毎年 恒例のお正月は父親の友人の家で過ごす事になったんです。 今ではその行事は無くなったんですけど、去年のお正月に久しぶりに実家に僕が行った時、あの時の紫ハチマキのオッサンはもうこの世にいないと言われ、近所 の人々も何人かいなくなったという事実を聞かされてブルーになり 「あ、もしかして伊藤君?久しぶり」 の声に驚き後ろを振り返ると、そこには幼い頃の面影を若干引き継いだあの子がいたんですけど、驚いたのはそのことより彼女が思いのほかブサイクになってい たことで、「あの時の可愛さはもしかして錯覚か?」と思わせるほど。僕はその子と手を繋いだり公園に行ったり一緒に寝たりしてたのか?いやしかし、顔で人 は決まるものではない! と心の中で戦っていたら、いきなり 「あ、そういえば昔カニに襲われて逃げてたよね。それで私に当たって・・・」 とか昔話を始めるものですから懐かしく聞いてたんですけど、聞いていたらだんだん腹が立ってきまして、『一緒に遊んだ』『一緒に寝た』のワードがどうして も気に食わない。彼女には申し訳ないけど気に食わない。 結局、去年のお正月は最悪なものになったんですが、ただ一つ良かったことが、大嫌いだったカニをモリモリ食えるようになったんです。 そんな事を思い出しながら、家に届いたカニを食べて、歯でも磨こうと思って鏡を見ると、口から割と多めの血を流してました。カニの食べ方は幼い頃と変わっ てません。 9/16 ■耳長少女 「パターン『紫』 台風です!」 とエヴァ風に思わず叫びたくなる程の悪天候。3連休ですよ、3連休。この悪天候をこの3連休で思いっきり楽しんでやります。 今日はバイトだったのですが台風接近の為、全く客が来ない。という事で一緒にシフトに入っていた6つ年上の女の先輩とお話をしてたんです。 「へぇ〜・・・伊藤君ってそういう系好きなんだぁ〜」 「ふふふ・・・」 「変って言ったなぁ!」 思わず『先輩フラグ』が立ちそうなこの状況をめいいっぱい楽しんでましたよ。ありがとう!台風! とまあ話していると話題も変わるわけですよ。気付くと『職場の人間を動物に例えるとしたら』になっていたんですけど、先輩が 「ねぇ、私は何?」 って聞いてくるもんですから、僕はこう色々悩んだ結果『先輩が喜びそうな動物』を答えようと汚れた考えに至ったので、自信を持って 「先輩はウサギです」 と答えたんですが、言った途端僕は思わず固まってしまったんです。というのも、数日前、同じシフトだった時に 「伊藤君、知ってた?ウサギは死ぬまで生殖行動を繰り返すんだって」 「ええぇ!!そうなんですか!知らなかったです。僕全然ウサギの事とか分かんないんですよ」 みたいな会話を繰り広げたばっかりだった。 つまり、先輩の中の僕は『ウサギの事に関しては無知識、セックス好き」だという感じですよ。 目の前の先輩は「ん?えーと・・・えーと」といういかにもどう答えたらいいか分からない感じ。そりゃ「先輩はセックス大好きそうです」って言ってるような もんですから仕方ない。 どうしようかと考えていると客が来て一時休戦。本当に助かった。結局その後は客ラッシュで会話は一切できない状態。もうお互いに牽制ですよ。冷戦状態。 そうこうしているとそろそろ僕の退勤の時間。恐ろしい時間から開放ですよ。 しかしその時、僕の脳裏に素晴らしい言葉が。 『先輩、ウサギは寂しがり屋さんなんですよ。最近先輩元気ないですよ』 凄いのを思いついてしまったと自分に対して恐怖を抱きつつ、店を去り際にたった一言こう言ってやりました。 「先輩、最近寂しいでしょ。うふふ」 失敗した!うふふって・・・。完全に「先輩、セックス最近してませんね」って言ってるようなもんですよ。 もう、とにかく世界中の女性が僕に対してはウサギみたいになってくれればもうそれでいいです。 |